はじめに
ポケモンのコピー・改造は法律違反か?
そうであるならば、具体的にはどのような法律に違反するのか?
本記事では業務妨害罪(刑法233条・234条)と著作権侵害(著作権法112条1項)、不法行為による損害賠償(民法723条)について検討する。
本記事で扱う法律用語の定義については、『法律用語辞典』*1の記載に基づくものとする。
検討が長くなるため、結論を先に見たい方は、目次の「終わりに」の箇所を選択していただき、該当箇所に飛ぶことを推奨する。
業務妨害罪(刑法233条・234条)
業務妨害罪(刑法233条・234条)については、『刑法各論(第6版)』*2のP124~134の記述に基づいて説明を行う。
概要
- 虚偽の風説を流布すること(事実と異なった噂を流すこと)
- 偽計を用いること(計算によって人を騙し、陥れること)
- 威力を用いること(他人の自由な意思決定を制圧すること*3)
これらの行為によって他人の業務を妨害することが業務妨害罪である。
業務の定義
業務とは、職業その他社会生活上の地位に基づき継続して行う事務または事業のことである*4。
任天堂がレーティングバトルのサーバーを管理・運営し、プレイヤー間の公正な対戦環境を作り上げることは、任天堂の業務に属するといえる。
検討
改造個体を使用して、任天堂が管理・運営するサーバーに過大な負荷がかかった場合、正常な運営に支障をきたす恐れ*5をもたらしただけで、業務妨害罪が成立し得る*6。
構成要件とは、犯罪定型として法律に規定された違法・有責な行為の定型である。これを充足する違法・有責な行為が犯罪となる。また、構成要件に該当することのほかに、違法性(当該行為の社会的有害性)有責性(構成要件に該当する違法な行為について行為者を非難できること)も必要である。記事本文中では、改造個体を使用する行為には違法性があり、非難に値するとしている。
次に、任天堂の業務に改造個体使用者への対処も含まれているかどうかについて検討する。この点についてであるが、コピー・改造個体の使用は任天堂がPGL利用規約13条において明文で禁止している行為である。コピー・改造個体を使用する違反者への対処は任天堂の日常業務の範囲を逸脱しているのではないだろうか。
※改造個体を使用する行為が威力に該当するのか、それとも偽計に該当するのかについてであるが、判例は「結果としての業務妨害」が存在する限り業務妨害罪の成立を肯定しているのでこの議論自体にさほど実益はないと思われる。
現状
改造個体を使用者に対して任天堂側が採っている措置はランキング除外やゲームシンク停止、インターネット大会参加停止といったシステム上の対応にとどまっている。
改造個体が任天堂の業務にどのような影響を及ぼし、また改造個体の使用を任天堂内部でどのように捉えているかは不明である。しかし、現段階では改造個体使用者を刑事告訴する様子は見られない。
参考記事
高木浩光@自宅の日記 - 岡崎図書館事件について その1, DoS等で業務妨害罪とされた過去の報道事例, 山形の事件は悪意ある攻撃であったことを確認(21日..
著作権侵害(著作権法112条)
次に著作権法違反の検討についてであるが、著作権法で保護を受けるためには、著作物でなければならない。
著作物定義・著作物該当性
著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものである(著作権法2条1項1号)。
- 「思想又は感情」を
- 「創作的」に
- 「表現したもの」であって
- 「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」
ポケモンのゲームソフトは、上記の要件を満たす著作物であるといえる。
ゲームソフトの映像部分は映画の著作物*7であるが、データを構成するプログラム部分はプログラムの著作物*8である。
ポケモンのコピー・改造と著作権法違反
ポケモンのゲームソフト(映像部分・プログラム部分)は著作物に該当するため、著作権法による保護を受けることができる。
まずデータを構成するプログラム部分がコピー・改造された場合に、著作権者である任天堂のどの権利を侵害するかが問題となる。
著作権者は、複製権及び、翻案権を有している。どちらも著作権者(本件においては任天堂)のみが有している排他的な権利である。
複製権とは、著作物を複製できる権利(著作権法21条)であり、翻案権とはある著作物について、その構想、大筋などを変えずに他の表現様式で新しい著作物を作ることのできる権利(著作権法27条)である。
例えば、理想準伝厳選をコピーして増やす行為はデータの複製にあたる。これは著作権者の複製権を侵害することになる。
また、ROMの改造・ポケクリ等で改造産理想個体を作り出す行為はポケモンのデータを非正規の方法で新たに作り出すことである。これは翻案権の侵害となる。
したがって、ポケモンのコピー・改造行為に対して任天堂側は著作権侵害を理由に侵害行為の差止請求(著作権法112条1項)や損害賠償の請求(民法709条以下)をすることができる。また、コピー・改造産個体を有償で提供している者に対しては不当利得返還請求*9できる(民法704条)。
著作権の非親告罪化
現行の著作権法では、著作権は親告罪とされている(著作権法123条1項)。
親告罪とは、公訴の提起に被害者その他法律の定めた者の告訴、告発又は請求のあることを必要条件とする犯罪である。要するに、裁判を起こすためには被害者(著作権者)の告訴・告発を必要とする犯罪のことである。
環太平洋連携協定(TPP)交渉(2015年9月30日~10月5日)において大筋合意がなされ、その内容には著作権の非親告罪化を含む、現行の著作権法を変更する内容も含まれている*10。
参考記事
コピー・改造個体使用者への対応
次に、著作権違反が非親告罪になることでコピー・改造個体使用者を摘発しやすくなるかについて検討する。
前述のとおり、コピー・改造個体使用者に対する任天堂側の対抗措置はランキング除外やゲームシンクの停止、インターネット大会参加権の剥奪などシステム上の対応にとどまっている。
※この画像はとあるミラクル交換CAS主が任天堂からインターネットアクセス停止処分を受けたときのものである。
twitter上でコピー・改造配布している人や、レートでマッチングした改造個体を使用している人とマッチングしても、どこの誰かであるかが不明である限り、そもそも告発自体ほぼ不可能である。また、仮に告発できたとしても、任天堂側が著作権の侵害訴訟にどこまで協力するかも不明である。
したがって、仮に著作権侵害が非親告罪になったとしても、この件に関しては実効性は乏しいのではなかろうか。
不法行為による損害賠償(民法709条)
最後に、不法行為による損害賠償(民法709条)について扱う。
説明および検討は『民法Ⅱ 第3版 債権各論』*11のP323~479の記述に基づいて行う。
不法行為とは何か
不法行為とは、故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害し、これによって他人に損害を生じさせる行為である*12。
黒太字の部分が重要な要件である。以下随時検討する。
故意又は過失(P335~356)
故意とは、自己の行為から一定の結果が生じることを知りながらあえてその行為をすることである。コピー・改造産ポケモンを他人の3DSやROM、任天堂が管理・運営するサーバーに悪影響を与えるために意図的にオンライン対戦で使用すれば故意があったものということができる。
過失とは、予見可能な結果について、結果回避義務の違反があったことを言うと解されている(通説)。日常用語の過失、すなわち不注意より広く解している。
コピー・改造産ポケモンが与える悪影響が予見可能で、予見すべきであったとする。自らの使用ポケモンが正規個体であるかについてボールや親名、ID、思い出娘による確認を怠っていた場合は、結果回避義務を果たしてないため、過失があったものと認定され得る。
他人の権利又は法律上保護される利益(P356~382)
コピー・改造産ポケモンが使用された場合に、どのような利益が侵害されるだろうか。
例えば、3DSやROMのデータはプレイヤーがお金を払って購入したものであり、これは法律上保護に値する利益であるといえる。また、任天堂が管理・運営するサーバーも業務上重要なものであり、こちらも法律上保護に値する利益であるといえる。
したがって、3DSやROMのデータが破壊されたり、任天堂のサーバーに悪影響が及んだ場合は、法律上保護される利益に対する侵害があったものと捉えることができる。
損害(P382~385)
「損害」とは、通説的見解によると、不法行為があった場合となかった場合との利益状態の差を金銭で表示したものとされている。例えば、コピー・改造産個体使用者とマッチングして3DSやROMのデータが破損した場合、正規個体を使っていれば起きなかったであろう3DSやROMの購入費が損害と言えそうである。
因果関係(P385~498)
不法行為法における原則的な考え方は「あれなければこれなし」である。
例えば、コピー・改造産個体使用者とマッチングしなければデータが壊れなかった場合、コピー・改造産個体使用者とのマッチングとデータの破損は因果関係があると言い得る。
しかし、データ破損はコピー・改造産個体とのマッチングが原因ではなく、濡れた手で3DSに触って浸水したためであったなど、他の要因による場合は因果関係は否定される。
責任能力(P398~405)
コピー・改造産個体を使用した者に行為の責任を弁識するに足りる知能がない場合、不法行為責任は否定される。これは道徳的善悪を判断できる知能以上のもので、「加害行為の法律上の責任を弁識するに足るべき知能」であるとされている*13。
判例は平均して12歳前後を基準に責任能力を判断している。
まとめ
以上より、コピー・改造産個体を使用したことにより、対戦相手の3DSやデータ、任天堂の管理・運営するサーバーに悪影響を与えた場合、対戦相手・任天堂側に不法行為による損害賠償請求権が発生する可能性があるものと言うことができる。
終わりに
ここまで業務妨害罪、著作権侵害、不法行為について扱った。結論としては、どれも法的実効性に乏しいのではないだろうか。
法律によって裁くためには、裁判を行う必要がある。
裁判には民事裁判と刑事裁判がある。民事裁判においては当事者*14を、刑事裁判においては被疑者を特定しなければ裁判自体を起こすことがほぼ不可能である。
例えば、コピー・改造個体を使用してきたTNアルファを訴えようとしても、TNアルファはゲーム上の名前なので訴えることはできない。現実の氏名・住所を特定する必要がある。
個人レベルで対戦相手の現実の氏名・住所の特定は困難を極めると思われる。また、任天堂はPGLや3DSの登録情報、インターネットアクセスポイントからある程度個人情報がわかるとはいえ、正しい保証はない(そもそもシステム上の対応にとどまっている)。
ポケモンのコピー・改造は刑法上の業務妨害罪・著作権侵害・不法行為の成立(による損害賠償支払義務)に該当する可能性がある。しかし、コピー・改造個体使用者を相手を裁判の場に連れてきて法的制裁を科すことは、現状あまり期待できないと思われる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
質問・感想・意見等がございましたら、twitter @Onigohri_362 まで。
*1:法律用語研究会. (2012). 法律用語辞典.有斐閣
*3:物理的暴力に限らず、地位、権勢を利用した威圧的行為も含まれる
*4:大判大正10・10・24刑録27輯643頁
*5:業務妨害罪は、抽象的危険犯とされている。
危険犯とは、構成要件上、法益侵害の結果(実害)が現実に発生することを要せず、単に法益侵害の危険が発生すれば足りるとする犯罪。
抽象的危険犯とは、危険犯のうち、一般的に法益が侵害される危険が存在すると認められれば足りるものである。
*6:講学上は、「業務妨害罪の構成要件を満たす」という表現を用いる。
*7:映画の著作物とは、映画の効果に類似する視覚的又は聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含む(著作権法2条第3項)。ゲームソフトの映像部分を映画の著作物だと認めた判例は最判平成14・4・25判時1785号9頁を参照
*8:プログラムとは、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。例えば、技選択画面で技を選択すれば、ボタンやタッチスクリーンの信号を通して指令が送られ、技を発動するという結果が得られる。電子計算機はデータ処理を行うコンピュータのことで、ニンテンドー3DS等のゲーム機も含まれる
*9:不当利得とは、法律上の原因がないのにもかかわらず受けている利益のことである。違法複製・製造されたデータには法的な正当性がなく、それを販売して得た利益には、法律上の理由がないと言うことができる。
*10:内閣官房TPP政府対策本部が発表した大筋合意の全容はこちらから
*12:不法行為は2種類ある。一般の不法行為(民法709条)と、その特則としてより重い責任の認められる特殊の不法行為とがある。本記事では前者を扱う。後者については、『民法Ⅱ 第3版 債権各論』のP481~549を参照。
*13:大判大正6・4・30民録23-715[光清撃つぞ事件]
*14:民事訴訟を提起するために必要な書面「訴状」には、当事者と代理人の氏名・名称並びに住所を記載しなければならない(民事訴訟規則2条1項)